お知らせ

御予約の一時受付停止についてのご案内

お客様には、日頃より当館を御贔屓に頂きますことを御礼申し上げます。

さて、4月23日、政府により京都府に新型コロナウイルスの緊急事態宣言が発令されました。
発令に伴い、期間中の御予約の受付を停止させて頂きます。

現在、御予約を頂いておりますお客様につきましては、館内衛生管理と従業員の健康管理を引き続き徹底し、
安心・安全にお過ごし頂けますよう誠心誠意御世話をさせて頂く所存でございます。

皆様方が安心してご旅行を楽しめる日を心より祈念しております。

館主 芳井篤司

GOTOトラベルキャンペーン再開後のご対応について

春陽の候、皆様におかれましては、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。

平素より格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

 

今年は、桜の開花が例年と比べて相当早くはなりましたが

この時期にご利用頂きましたお客様方には

お陰様を持ちまして大変ご好評を頂戴致しました。

現在停止中のGOTOトラベルキャンペーンに付きましては

時期を含めて再開の審議がされることになると思われます。

早ければゴールデンウイーク明けからの再開も予想されますが

観光庁をはじめとする政府主導の観光推進事業には

先般からご案内をしている通り一切の参加を見送らせて頂いております。

当館におきましてはGOTOトラベルキャンペーン対象プランの

受付を致しませんので予めご了承下さい。

 

尚、教育旅行関連事項に付きましては

支配人の南葉(なんば)までお尋ねください。

 

今後とも祇をん新門荘を宜しくお願い致します。

令和3年4月1日

館主 芳井篤司

GOTOトラベルキャンペーン再開後のご対応について

浅春の候、皆様におかれましては、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。

平素より格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

 

2月28日付けで首都圏を除く地域での緊急事態宣言が解除となり

3月7日付けで首都圏も緊急事態宣言の解除が予定されています。

それに伴い、現在停止中のGOTOトラベルキャンペーンに付きまして

再開の審議がされることになると思われます。

早ければ3月下旬から再開も予想されますが

観光庁をはじめとする政府主導の観光推進事業には

一切の参加を見送ることと致しました。

従いまして、当館におきましてはGOTOトラベルキャンペーン対象プランの

受付を致しませんので予めご了承下さい。

 

尚、教育旅行関連事項に付きましては

支配人の南葉(なんば)までお尋ねください。

 

今後とも祇をん新門荘を宜しくお願い致します。

令和3年3月1日

館主 芳井篤司

新年のご挨拶

新年あけましておめでとうございます。

 

皆様方には平素より格別のご高配を賜りますことを
厚く御礼申し上げます。

 

日本国内は、新型コロナウイルスの陽性者拡大に伴った
GOTOトラベルキャンペーン事業の一時停止もあり
当館に於いても例年とは様子の異なる新年を迎えております。

 

先行きの不透明感が払拭出来ない状況が続きそうですが
当館をご利用の節には皆様の心の地図に残る
料理、施設、おもてなしでお迎え申し上げます。

 

今後とも宜しくお願い致します。

 

館主
芳井篤司

病と仕事の両立について

看取る側から看取られる側になる。
その時、目に映る景色はどう変わるのか。

 

がんを公表した緩和ケア医の闘病記が
相次いで出版されました。

 

治療技術は進歩しましたが
がんは、「死」に直結する病というイメージは
未だに強く、心の在り方に悩む患者やその家族は多く
医師による血の通った言葉は
心を解きほぐす手掛かりになるのではと思われます。

 

『がんになった緩和ケア医が語る「残り2年」の生き方、考え方』

 

著者の関本剛ドクターは神戸市出身。
これまで1000人ものがん患者の看取りに関わって来られましたが
昨秋にステージⅣの肺がんと診断され余命2年を宣告されました。
未だ44歳でした。

 

今も治療を受けながら、仕事を継続。
がんは患者の現実を教えてくれると・・・

 

「最善を期待し、最悪に備える」

 

患者にこう話してきた関本ドクターは
「辛いことばかり考えては生きてはいけない。そういうことは
ある程度忘れ、好きなものや好きなことに熱中する鈍感力も必要。」
と自ら思い至ったそうです。

 

患者の現実を知り、死に向き合った医師の言葉は
人生の最期だけではなく生き方を考えるヒントを教えてくれます。

 

自らの残りの人生について考えるとき『先生』となってくれたのは
多くの患者さんたちだったと記されています。

 

最後まで自分らしい生き方を貫き
無理な延命よりも「美しく死にたい」と願い
その思いを全うされた人です。

 

「たくさんのお手本となる方を見てきた私は恵まれている」
と前を向く。

 

『お互い長生きしましょうよ』

(産経新聞 神戸新聞より)

 

謙虚に生きる。
ただそれだけで人生が大きく変わる。
運命という一番難しい謎解きに於いて
ヒントとなる言の葉であると私は思うのです。

 

関本先生への敬意を表します。

 

館主 芳井篤司

御予約の一時受付停止についてのご案内

お客様には、日頃より当館を御贔屓に頂きますことを御礼申し上げます。
又、罹患をされた皆様には謹んでお見舞いを申し上げます。
そして、医療関係及び関連の皆様に感謝を申し上げます。

 

さて、11月22日に京都府知事より京都府が感染拡大地域に入っていないとの
見解が発表され、御予約を受け付けられる状況ではございますが、
当館におきましては独自の判断により御予約の受付を一時停止させて頂くことに致しました。

 

先日より新型コロナウイルスの感染拡大が急速し、不安をお持ちの方も多数いらっしゃることと存じます。
館内におきましては感染症対策に万全を務めておりますが、
心から安心して御旅行を楽しんで頂きたいという思いと、
お世話をさせて頂く従業員が健康であることを願いまして、
断腸の思いではございますがこのような決断を致しました。
何卒ご理解を賜ります様お願い申し上げます。

 

現在、御予約を頂いているお客様が御来館の節には
良い思い出に、そして御記念日になります様に誠心誠意お世話をさせて頂く所存です。

 

尚、先日の御案内と重複致しますが、
体調面に不安を感じられている方や、御旅行を迷っていらっしゃいましたら、
御遠慮なく当館までお知らせくださいませ。
御宿泊当日の13時まではキャンセル料を免除させて頂きます。

 

早くこの状況が好転し、皆様方が安心して御旅行を楽しめる日を心より祈念しております。

 

館主 芳井篤司

【お客様へ重要なお知らせ】

当館のキャンセル料免除につきまして、再度ご案内申し上げます。
明日、24日にご宿泊のお客様は、明日(当日)の13時までキャンセルをお受けいたします。

京都府も首都圏同様に感染が拡大しており、非常に危険な状況です。

既に当館にご予約を頂いているお客様で、体調面に不安を感じられている方や、
もしご旅行を迷っておられたら、その際はご遠慮なく当館までお知らせくださいませ。
お客様と大切な人の命を守るために、別の機会にご宿泊をご検討していただくことも
選択肢のひとつとしてご一考いただければ幸いです。

京都がこのような状況でも来て下さるお客様には感謝申し上げます。精一杯おもてなしいたします。

館主 芳井篤司

キャンセル料免除についての大切なお知らせ

キャンセル料の免除について

 

当館へのご予約を頂いているお客様

及びご予約の検討をして下さっているお客様には改めて感謝を申し上げます。

 

この数日の間に日本国内は新型コロナウイルスの第三波の到来を受け

日ごとに状況は悪化しております。

お客様におかれましても日々不安をお持ちでいらっしゃるかと存じます。

心中お察し申し上げます。

 

当館では、ご予約を取消された場合

3日前よりキャンセル料のご請求をさせて頂いておりますが、

このような状況ですので11/19(木)以降11/30(月)までのご予約については、

キャンセル料を免除させて頂きます。

 

既にご予約を頂いているお客様で、京都へのご旅行に不安をお持ちの方に付きましては、

当館への宿泊について再度ご検討されますことをお勧め致します。

 

この件に付きまして、ご不明な点がございましたら

若女将の藤田絵理華(ふじたえりか)又は支配人の南葉繁生(なんばしげお)までご連絡を下さいませ。

075-561-8011

 

今回のご予約を見送られたお客様におかれましては

次回の京都旅行の折に当館をご指名頂ければ幸甚でございます。

 

末筆でございますが、皆様のご健康を京の地よりお祈り申し上げます。

 

館主  芳井篤司

12/23~1/9の期間限定でご宿泊の予約受付を開始しました。

平素より格別のご高配を賜りまして誠に有難うございます。
皆様にはご心配をおかけしておりましたが
12/23より1/9の期間限定でご宿泊の予約の受付を開始しました。

1/10以降のご予約の受付に付きましては未定です。

2020年7月にリニューアルを致しました新装「祇をん新門荘」へ
お越し下さいますことを、従業員一同心よりお待ち申し上げます。

○GOTOトラベルキャンペーンに関するご案内

公式予約サイト

きょう、終戦75年

太平洋戦争の終戦2日前の1945年8月13日、京都に生まれ育った19歳の特攻隊員が沖縄の海に浮かぶ艦船へゼロ戦で突入した。青年は最後の2か月間、鹿児島県の喜界島で出撃をひたすら待っていた。75年がたった夏。

特攻で亡くなったのは星野實さん。26年、伏見区下鳥羽の農家に四男として生まれた。下鳥羽尋常小(現・下鳥羽小)を卒業し、桃山中(現・桃山高)を経て43年6月、16歳でパイロットの基礎訓練を積む海軍飛行予科練習生(予科練)になった。

海上自衛隊鹿屋航空基地史料館(鹿児島県鹿児島市)によると、45年6月10日、實さんが所属した神風特攻隊「第二神雷爆戦隊」は鹿屋の基地から、沖縄へ向かう特攻機の中継基地となっていた奄美群島の喜界島へ移った。以降、出撃命令を待つ日々が続いた。

島に暮らす栄ヤエさん(96)は隊員たちと交流があり、實さんのことを覚えていた。自宅は兵舎の近くにあり、實さんはヤギを見るのを楽しみに毎日のように半袖シャツ姿で訪れた。稲刈りを手伝い、生家での農作業の様子を伝えた。柔らかな物言いで妹の話をしきりにしていたという。

8月11日、出撃命令が下る。實さんら隊員は1人ずつ計5機で出撃。家の外で見送った栄さんの上空で、何度も左右の翼を上下に振るゼロ戦が1機あった。「優しい顔をしていてね、男前だった」と栄さんは、照れるように笑った。

同史料館の説明では、出撃した5機のうち3機は機体の不具合で引き返し、實さんらの2機がそれぞれ500キロの爆弾を積んで敵艦に向かった。日没45分後の午後7時50分、實さんは「我敵空母に必中突入中」と打電した後、消息を絶った。突入したのは後に、空母ではなく揚陸艦とみられることが分かった。

 

「特攻の 名も世に出でず 埋木の つぼみに散りし 我子思へば」。

實さんの父の市三郎さんは息子の死を悼む歌を詠んだ。生家には遺品とみられる絹の布が残されていた。土浦、鹿島、博多、天草、舞鶴と行動した部隊の推移とともに、「轟沈」「必沈」と書かれ、特攻機が敵艦に突入する絵も描かれていた。

8月11日付 京都新聞より

 

私の親族(祖父)もまた、特攻隊員でした。

生きたかったはずです。きっと生きたかったはずです。

すすき穂高く 山風を待ち そして華と散ることが人としての役割であった。

この記事を拝見して改めて先人に感謝しました。

あたりまえなどと思ったことがありません。今を苦しいなどと思ったこともありません。

「なんとかなる」はなんとかならないことを教えて頂きましたから。

 

英霊に合掌

館主

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