若女将のブログ|YOUNG LADYS BLOG

「京都らしい宿泊施設」表彰式

京都市が観光立国日本をリードする安心安全で地域と調和した宿泊観光の向上を目指し、
今年度(平成28年度)から「京都らしい宿泊施設表彰」を創設しました。

京都に伝わる伝統文化や心を継承や発展に寄与している「旅館」として、
70施設の一つとして、ここ ‘祇をん新門荘’ も選定されました。

あいにく私は不在で、この表彰式には弊館の社長と女将が出席していました。

面々をみると、京都府旅館ホテル生活衛生同業組合に所属している人たちばかりです。

昨今は違法民泊やゲストハウスが林立しており、
京都市内でもあちこちで住民とのトラブルを見聞きします。

メディアでも違法民泊が犯罪に悪用されている悲しい事件が取り上げられていますね。

細々と京都で宿を商いとしてきた人間にとっては大変憤慨することもありますが、
さておき、まもなく創業70年を迎える ‵祇をん新門荘’ が、
お客様に喜んでいただける宿であり続けるように変わらず精進していきたいと思っています。

舞妓ちゃん2名デビュー

京都の花街は5つに分かれています。

そのうちの一つ「祇園甲部」でお付き合いのあるお茶屋さんから、
舞妓さんが2名もお店出し(デビュー)することになりました。

市紘(いちひろ)ちゃんと、小奈都(こなつ)ちゃん。

この世界では、先輩芸妓の名前から一文字もらうことが慣習ですが

市紘(いちひろ)ちゃんは市有里さんから。
小奈都(こなつ)ちゃんは小芳(こよし)さんから。

…もしかして残っているかと探したら、ありました、ありました。
その小芳さんがデビューした時にお茶屋さんから頂いたもの。

そうか~ あれは2008年か。ちょうど10年前ですね。

そういえば、小芳さんも市有里さんも随分お会いしていませんが、
二人ともTシャツにジーパン姿の仕込さんからスタートしていたのです。
「おかあさん、おおきに」と初々しく訪ねてくれいていたのがつい最近のようですが、
二人は今やベテランの芸妓さんですね。

 

さて、新門荘からもお祝いを持参。
お茶屋さんの玄関には「目録」といって、おめでたい絵が描かれた大きな画用紙が所狭しと貼られていました。

 

ありました、ありました。
新門荘から出した「目録」が。

まもなく4月。
祇園甲部の芸舞妓さんたちは、京都の春の風物詩でもある「都をどり」の舞台で大忙しですね。

 

 

 

セミナー三昧、インプットの時期

2回にわたってブログに投稿したセミナーは三回続き でした。

先日はその最終の三回目に参加してきました。

主催の京都府と、
メイン講師の日本生産性本部、近藤幸雄氏のご好意によって
前回救急で運ばれてしまったために話せなかった続きとして
10分強のお時間を頂戴することができました。

おかげで、最後のくくりとして残りのスピーチを終えることが出来ました(TT)/

さまざまな形態の宿泊施設が参加してたのですが
ありがたいことに、私の前回のスピーチに関心を持って頂けた生のお声を多々頂戴することが出来ました。

某施設の跡継ぎとして頑張っていて、
昨年の8月に入社したばかりの24歳の青年が
私の話を聴いて励みになったと仰ってくれました。

とても素晴らしい独自スタイルを貫いておられる施設のオーナーも
前回 私が伝えてことを早速取り入れたとのことで
社内のコミュニケーションが円滑化したと喜んでおられました。

いろんな方が、苦労や試行錯誤の連続に驚いておられましたが
当の本人の私は、これまでの旅館の仕事は苦労だと感じたことは全くないのです。
いろいろ叩かれながらも、目に見えて旅館が良くなっていく様子が面白かった。
自分が努力したことが、結果に結びつく「仕事」を生きがいに感じて今日に至ります。

私が入社してこの4月で17年目を迎えますが、
23歳になったばかりの当時の私がただひたすらに
「こんな旅館はいやだ!ここのスタッフが自分の友人知人を呼べる宿にしてみせる!」と
その思いだけを大きな目標にしてきました。

頭デッカチだったから たくさん頭を打って反省して、
お客様・スタッフ・同業者・業者の方から教わりました。

↓ 写真は、他府県の旅館が取り組まれたスピーチを聞きたくて、大阪まで出向いたセミナーの時のもの。

やはりどこの宿でも試行錯誤の連続の様子。こんなに素晴らしいと見聞きするお宿でもこんなご苦労があったのか…
そう思うと、私なんて10倍は苦労すべき山があるはず。一つ一つ乗り越えていかねば!と励みになります。


さて、この2・3月は宿泊施設向けのセミナーがとにくたくさん開催されていました。
関西のオフシーズンということもあるかと思います。
セミナーが、一日3つかぶっていたこともありました。

インプット三昧の時期でした。

今の自分に必要なセミナーに厳選して参加してきましたが、
「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」という日本電産の永守会長の言葉を胸に
この4月以降はアウトプットの時期。

感化受けたことは、この新門荘に合うようにカスタマイズしながら
どんどん実践していきたいと思っています。

前回の続き、救急搬送後、驚愕の事実!

 前回の続き

実は前日から 月の物が始まり、いつもより多い出血で
着物が汚れないか心配していました。

当日は正装で臨むため、きちんと着物に袖を通しました。

私に与えられた時間は1時間30分。
ところがスピーチ20分後から、すぐさまトイレに駆け込みたいくらいの出血を感じていました。

どんどん出血している、でもスピーチを止めるわけにはいかない…

とうとう小一時間経った頃には、足元が血で染まっていました。
血糊で、自分の草履もくっついて持ち上がらない。
手前の台がなければ、参加者に丸見えだろうな…

いやいや、そんなことより
これはただ事ではないぞ、持病の卵巣嚢腫が破裂でもしたのか??
(あとで知らせれましたが、このケースは恐ろしい腹痛は伴うもののここまでの出血はないそうです。)

大腸がんでもなってしまったのか??

とにかくスピーチが終わったら、病院に駆け込もう…

ところが、あと10分で終わるというところで
とうとう貧血で倒れこんでしまいました。

私より先輩の女将さんたちが駆けつけてくださり、
アドリブで見事に、幕引きをしてくださいました。
さっと救急車の手配もして頂き、私乗ってきた車の事まで段取りを組んでくださり、
あぁ、さすが名旅館の女将さんだなぁ。。。と心から感謝しました。

さて、救急車で運ばれ、第一日赤に搬送。

お陰様で意識はすぐに回復し、ドクターの細かい質問にも的確に答えていました。
ただ、「妊娠の可能性は?」の重なる質問には「あり得ない!」と同じ回答。

しかしながら、結果的にはなんと流産を伴う大量出血だったのです…

「妊娠していますよ! ほら、胎嚢もある!」

えーーーーーーー!!!(@@) うそやん!!!!

夢でも見ているのかと目を白黒させて、モニターを見たもののそれでも信じられない。

私が第三子を身ごもっている???

でも、ドクター曰くここまでの大量出血なので、
じきにこの胎嚢も流れてしまうでしょう、とのこと。

その通り、翌日のかかりつけの婦人科での内診では
昨日見た胎嚢は、どこにも見当たりませんでした。

残念ですが、丸二か月も妊娠していることに気づいていなかったのです。
仕方ありません。むしろ、内臓系の病気でなくて安堵しました。

でも、そういえばここ一か月 稀に見る激務が続いていたとはいえ
やたらちょっとしたことでイライラしていたし、
恐ろしいほど眠気が襲ってきていたし、朝起きたら必ずエヅイテいました…

でも、頭の片隅にも「妊娠」のことがチラつかないものですから、
全く気にも留めていなかった…

二人目を取り上げてくださった、
かかりつけの先生にも「呑気ねぇ~」とあきれられてしまいました(^^;)

方々に多大なるご迷惑をかけたものの、翌日には普通に出社して細々と仕事をしています。
おかげさまで一週間をこえて ようやく出血も治まりました。

ただ残念なことは おろしたての着物が血まみれ,です。

いま悉皆に出していて何とか綺麗に仕上がるのを待っているのですが、
さすがに着物の下着の役割をする襦袢は、まるで血染めのように
真っ赤に染めあがっていまい再生不可能の返答が来てしまいました(TT)

…… 着物だけみるとまるで殺人現場のようでした

長いブログにお付き合いいただき 有難うございました。
今月はペースを落とし、ゆっくり過ごすことにします。
…と宣言したいけど、しわ寄せでやっぱりいつも通りの日常です!

健康一番! 感謝して日々を過ごします!

【追記】 直接面識のある方、あまり存じ上げない方まで
ブログやFACEBOOKをご覧になった皆さんから
本当に多数の方に温かいお言葉を頂きました。有りがとうございます。

 

セミナーに登壇、そして救急搬送…

昨年の晩秋に、京都府からセミナーでスピーチをしてほしいと依頼を受けていました。

同業者に20名程参加してもらい、
3回連続の業務効率化のセミナーを開く、と。

私の出番は2回目の90分枠。

この1-2年かけて急ピッチで、社内の業務改善を見直してきましたが、
多方面からご推薦も頂いていたようで、有難いことに私のような未熟者にお声をかけて頂く運びとなりました。

同業他社の方に参考になるかどうかは分かりませんが、
この1-2年の当館のBefore&Afterであればお披露目させて頂きます、と快く二つ返事。

 

さぁ、それからの準備が大変でした。
社内では変わらずのペースで、スタッフと一緒に業務改善を見直しながらも、
並行して、これまでの成功失敗を振り返り、
初めてパワーポイントなるもので、資料を50枚近く作成していきました。

2月は週に1-2ペースで あれやこれやとセミナーに参加して
社内に居れる日数も限られていたため、とにかく時間管理が大変だった…

我ながら、初めてパワーポイントを触ったとは思えない見やすい良い出来栄え(たぶん)。

資料は作るだけ作って、
今度は喋る内容を頭の中で整理していないことに当日気付く… (@@)!
まぁ、これはいつものアドリブでなんとかなるかな。

準備は済ませたし、特段の緊張もせぬまま3月1日を迎えました。

この日は夕方から同業の若女将4名で、全国ネットのTV取材を受けることにもなっており、
新門荘の新年度に値する3月1日は、先行きがえぇなぁ~とワクワクしていました。

しかしながら、題目の通りこのあと私は、
スピーチの真っ最中に倒れこんでしまい、何と救急車で病院まで搬送されてしまったのです…(続きは週明け)