若女将のブログ|YOUNG LADYS BLOG

平成最後の都をどり

昨日、実際の舞台を観ておいてもらいたいスタッフ3名と共に「都をどり」に行ってきました。

今年は「南座」で公演です。この会場での開催は67年ぶりだそうです。67年前と言えば昭和27年。戦後の復活公演以来という事です。「都をどり」そのものは明治5年に創始されましたから、戦中戦後の6年を除けば150回を超える歴史ある舞台ですね。


ポロポロ抜けていますが、平成14年以降の都をどりのパンフレットを置いています。「都をどり」の舞台に立つ芸舞妓は「祇園甲部」という花街に所属しています。このパンフレットには全芸舞妓の顔写真が載っていますが、平成14年頃と比べると興味深いです。この舞妓が今や立派な芸妓さんだ!とか、あの名妓はもう居ないなぁ~とか。

パンフレットの表紙は全て三輪晃久氏が描かれたもの。同じ桜でも様々な表情があります。

例年の会場である「甲部歌舞練場」の舞台には花道がないのですが、今回の南座では歌舞伎でよく見る一本の花道が。演者が舞台下に自動で下がっていくシーンなど、これまでの「都をどり」とはまた一味違った演出でした。

都をどりを初めて観覧した3名に感想を聞くと、「格式が高いイメージで難しいと思っていたが分かりやすい内容だった」との声も。なるほど「わらしべ長者」の話などの場面もあり、我々素人でも十分楽しめました。


今回会場に響き渡る「笛」がとても上手で、思わず誰だ?と番付表を調べると「紗月」さんという芸妓さん。彼女はとても芸事に熱心な性格な上に売れっ妓だと聞いているのでそれも納得。

数年前の都をどりで、素人の私でも分かるほどの「笛」が下手な舞台を見てズッコケたことがあるので、とても安心して舞台に見入っていました。(^^)

着物生地でバインダー&つり銭トレイ

5年ほど前に厚紙にフランスの生地を貼って箱を作る「カルトナージュ」というものに出合いました。今も仲良くさせてもらっているママ友が「東京から有名な先生が来るからレッスンに来ないか?」と声をかけてくれたのが きっかけです。

しかし当時の私は「カルトナージュ」という言葉はおろか、なんのジャンルかさえも全くわからず、もしや怪しい宗教の勧誘か?!と思ったぐらい無知でした。

まぁまぁお付き合いで一回だけ… と思っていたのですが、その後どっぷりハマってしまいました。そして、その数年後にはレッスン会場に新門荘をご提供するまでに。今や年10回ほどわざわざ東京からお越しいただき京都レッスンとして、定期開催していただくまでに。

Apres-midi(アプレ・ミディ) 木下康子先生

針作業はとても苦手なのですが、図工のような制作は好きだし、数ミリ単位の細かな作業をするのは好き。みんなで同じ作品を作っているのに、それぞれの個性が発揮できる「カルトナージュ」 そして、ご指導いただく木下先生の上品で落ち着いたセンスが、私の好みにドンピシャ。だから一回こっきりでなく、これまで続けさせてもらっているのだと思います。

さて、今までは決められた作品を、好みの生地を選定させてもらい作ってきましたが、元スタッフが「カルトナージュってそういうことなんですね!だったら最後のお釣り銭をお渡しするトレイはとても印象に残ると思うんですよね!」と素敵な提案をしてくれたこともあり、今回初めて ここ新門荘で使えるものを作りたいと希望を出しました。


母に 今や使わない着物を引っ張り出して来てもらいました。
勿体ない気もしますが、着ないのならゴミと同じ。
リバイバルさせるためにビリビリに裁断!
生地そのものはペラペラなので専用の補強紙をアイロンで裏打ちをして厚紙に貼っていきます。

時にチェックイン時が混み合った際に、ロビーの椅子に掛けて記帳してもらう事もあるので、その時に使用するクリップボードも併せて作成しました。

なんだ、厚紙に貼るだけ?と簡単そうに見えるかもしれませんが、箱の組み立てや補強作業もあり、ひとつのトレイを作るのに合計5時間はかかりました…

やっと私の数少ない趣味が仕事に活かされることになった~♪

こうなったら、コツコツとお部屋に入っている小間物トレイも作っていきたいですね! 
…全21室分 (|| ゚Д゚)  完成はいつになる?!

とうとう4月に突入!

新元号の発表もなされました!
「令和」

発表当時は館内にお客様がいらっしゃらなかったので
私もスタッフもロビーのテレビをつけて、11:30の発表をドキドキしながら見ていました。

当館の目の前の白川の「有済橋」にかかる桜の木。
今朝の時点で7-8分咲きとなりました。

去年の桜は早く3月末には散り始めていましたが、
それに比べれば今年は遅め。これからが桜の本番ですね。

それにしても、この場所の桜はわざわざ観光客が訪れるようなスポットではなく、地元の人間や偶然通りがかる人が思わず立ちすくむ場所だったのですが、いつの間にか大勢の人が写真を撮るようなにぎやかな場所になってしまいました。

残念ながら日本語が聞こえず…


ところで、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが
この4月1日より「若女将ブログ」は「女将ブログ」に変わりました。

23才の年で、右も左も分からずに肩書だけ立派な「若女将」として、お客様の前に出るようになって17年。着物も着られない、畳の上での挨拶もできない、花街はおろか京都の事も知らない私が、多くのお客様から教えて頂き、スタッフに助けてもらい ここまでやってくることが出来ました。

この商売に「完璧」や「完成」はないので、私自身まだまだ至らないだらけではありますが、この度 私の下に 頼もしい20代の「若女将」を任命して活躍してもらう事になりました。他にも館内にも多々変化がありますが、彼女の紹介も含め、今後少しずつご紹介していきます。

天皇陛下が目の前を!!

メディアでの報道通り、25日~28日まで天皇陛下・皇后陛下が京都奈良へお越しでした。京都市内では事前に交通規制の看板が出ており、この3日間はお天気にも恵まれ、空を見上げればヘリコプターもよく見かけました。

お帰りの最終日28日、私は珍しく自宅から地下鉄・京阪電車に乗って「三条京阪」まで出てきました。階段を上り地上に出ると、いつもワンサカひっきりなしの車が一台もない!! 次に目に入ったのは交差点四方の人だかり。

やや!もしや?! 期待を膨らまし警察官に尋ねると、なんと!
5分後に陛下がお通りになる、とのこと。

人生でこれほど興奮したことはありません。
わずかの5分間がこんなにも待ち遠しく幸せに感じた日はありません。

じきに新元号が発表され、まもなく平成も終わるという直前に、今上天皇を拝することができるとは夢にも思わず。 こちら側を向いて手を振ってくださった瞬間、カメラも忘れ思わずワー!!と声を上げ必死で手を振る私。

一気にドーパミンが溢れだしました。

今年の京都の桜開花は去年より遅めです。当館の目の前の白川に掛かる桜はようやく5分咲きといったところ。新元号が発表されてもしばらく愛でることができそうです。


出ました!古伊万里の大皿

3月初旬に30名以上の団体のお客様が 宴会とご宿泊でご利用くださいました。
「料理が間違いなく美味しかったから!」と幹事様のお一人が、別のお客様を連れて再びお越しくださいました。

これ以上ない有難いお褒めの言葉頂き、私も調理場も舞い上がっていました。

3名様の日帰りのご利用でしたので、
お造りは両手で抱えないといけないほど大皿で盛られました。
この古伊万里は江戸時代の骨董品級の器で、すべて手描きです。

ずっしりと重く歴史の重みさえも感じます。
骨董品はただ眺めるのではなく、料理が盛られてこそ価値がありますね。
心から痛感した一コマでした。

続いてお出ししたステーキも「平井牛」で、
添えの牛蒡も塩とバターが効いて美味しい(味見させてくれたのです)

「タラバ蟹とレンコンのすり流し」
今の時期だけの器。素敵。

大御所とイベントトーク

3月11日、主に新4回生を対象としたリクルート主催の「企業発見&選考準備LIVE」がインテックス大阪で開催されました。

畏れ多くも、ホテルニューアワジグループの木下学社長(左)と城崎温泉の西村屋の西村総一郎社長(右)とご一緒にトークイベントに登壇させて頂きました。

「ホテル旅館業は地方消滅の危機を救う新たなビジネスの形」という趣旨で
一、地方創生と旅館業について
一、インバウンド需要について
一、旅館業とキャリアについて
一、社長・女将に質問してみよう
という4つのセクションに分けて計90分。


当館は開催された就職活動のブースを出していないのですが、有難いことにお声掛け頂いた12月。その一回だけの簡単な打合せの後、ぶっつけ本番。「お三方なら本番でなんとかいけるでしょう」とのことで…


わずか50年で友好的買収で14施設もあるホテルニューアワジグループさん。
創業150年、城崎の村長をされていた創業者から今に至る西村屋さん。

お二人の話を伺うと、やはり確固たる信念の元に経営されていて、お題目の一つでもあった「地方創生」を真剣に考えておられ、着々と実行に移されている。

基本は台本のないフリートークなので、私はただただお二人の話の圧巻のスケールに慄き、これは私のような若輩者が出る場面ではないのでは…と恥ずかしささえも覚えました。

同時にこのような二度とないような貴重な機会の場に、指名いただいたことに心から感謝しました。

この時代、「旅」はただの娯楽という枠を超えて、いまや「人と人との絆を深める」役割も果たしていると思います。一緒に旅をする人と深める絆、その宿のスタッフと交わす会話で深まる絆。

AIの進化で2020~30年には、いまの職業の49%はなくなるという試算があるとも聞いたことがありますが、それでも無くならない職の一つが「旅館業」ではないでしょうか。大御所お二人から「宿は人なり」という言葉が出ていましたが、働くスタッフの力量によってその宿の価値は大きく左右されます。その為に宿の経営者はスタッフが楽しく働ける環境づくりに躍起になっているのです。


「ありがとう、あなたのお蔭で良い思い出が作れたわ」

そんな一言を頂戴するために、日々試行錯誤し、目の前のお客様の為に全力で働く。私たちの仕事は永遠に廃れることのない誇り高き職種だと思っています。

給与額や福利厚生も大事なのかもしれませんが、人生100年と言われる時代、やりがいのある仕事にチャレンジすることの方が人生が実り豊かになるような気がします。

舞妓さん店出し(デビュー)

先日、突然馴染みの芸妓「ふく紘さん」がご来館。
出たての舞妓さんを連れていました。

そうです。舞妓さんデビューである「お店出し」のご挨拶として来てくれたのでした。

新しい舞妓さんは「ふく典(のり)」さん。
下唇だけ口紅をしています。おぼこい(幼い)感じがしますね。
中学卒業して、置屋さんで仕込という修業期間が半年~1年くらい終わったとして、おそらく16-17歳くらいでしょう。

ところで、芸妓のふく紘さん。
来てくれた時に思わず「また舞妓さん引いたん?」と聞いてしまいました。

すると「そうどんねん。もうウチ5人引いてるんでっせ」とのこと。

やっぱしぃ~ しょっちゅう挨拶来てくれてるような気がしてたわ~!
いやいやお目出度いこっとす。
女将さんから託されるということはやっぱりしっかりしたはるんや。

芸舞妓さんのフォーマルは黒紋付きですが、普段の宴会などでは華やかな着物をきています。
下の写真は10月ですね。
この時の舞妓さん二人は襟元が白色ですから、もう3年以上は舞妓さんしている上級生です。
なので、着物もわりと落ち着いた色味で地味ですね。


ちなみに、ふく紘さんは秋だったかに偶然テレビでも拝見していました。
その一週間後にたまたま新門荘の宴会に来てくれていて、思わず「テレビ見たでぇ~、えらい朝はやかったんちゃうん?」と聞いてしまいました。

「そうでんねん。あんときは朝4時に起きておこしらえしてたんです~ 
付き添い? そんなん居はらしまへん。一人で向かいましたわ~」とのことでした。

話しかけやすい彼女が来ると、ついついアレコレ喋ってしまいます。
そして、しっかりされているので ついつい同い年くらいに思ってしまうんですが、一回りも年下なんですよ。
私の勘違いもいいとこですね(^^;)

留学生の京ことば講座

先日は留学生の4名がご来館。京ことばについて小一時間話をしました。
ミャンマーの方が1名、中国の方が3名。

みなさん、来日1年~2年だというのに上手な日本語! 

事前に頂いたレジュメと彼女たちが考えてきた質問を交えて、できるだけゆっくりハッキリ喋るように心がけました。こちらも いつも修学旅行生向けの「京ことば講座」でよく利用するレジュメを事前に用意。夏目漱石の「吾輩は猫である」を冒頭の段落の原文と、私流の京ことばに書き換えたものです。

4人とも「吾輩は猫である」は読破しているとのこと。さすが優秀!
日本人は情けないかな、大人でも読んだことない人が大半ですよ。

おもしろい質問が出来ていました。
「京都人のオブラートに包んだ話し方について教えてください。」

京都の人は相手を傷つけないように、且つ自分の主張もキッチリ伝えるているだけなのよ。それをイケズ(意地悪)と捉えられてしまいますが…

京ことばは、やりとりする直接の会話‘以外’のことを読み取って理解するので、難しいだの、ややこしいだの、恐ろしいだの言われますが、ずっと京都人の私にはそれが当たり前なのでよくわかりません。

たとえば、昔ブログに書いたかもしれませんが、某料理屋のカウンターでお隣の客人が滔々と料理や器や京都の事を喋っていたことがありました。隣で聞いている私からすると「自分は大枚はたいてこんだけ京都へ来ているし、ええとこ行ってるし、ええもん食べてる」という自慢にしか聞こえません。しばらくすると根っからの京都人の大将が、まったりとした口調でこう言いました。

「よ~ 勉強してはりますなぁ~」

…これを聞いてほくそ笑みました。「これ以上喋るな」ってことですから。でも、言葉通り受け取った客人は誇らしそうに続きを喋っていたような記憶があります。

この話も実例の一つで、留学生に話しましたが真相が分かるとみんな「えー!!」とドン引きでした。(^^;)

すると留学生の一人が「新聞でこんな記事を読みました!」と披露してくれた京都人のやり取り。

ピアノを練習している子供がいるお家。ご近所さんから「いつも上手に弾いてはるねぇ」と言われ、「あぁうるさくて迷惑をかけているんだな」と受け取った…という話。

私はへぇーそんなことが記事になっていたのかと興味を持ち、仮に私も同じことを言われたら「えらい うるそぉしてすんまへん」って謝るわー と言うと他の3人は、誇張記事ではないということが分かったのか またドン引き。


回りくどいですね、京都人。
でも、相手を傷つけず自分の主張もハッキリ伝える良さがあるんですよ。(重複)







金継で生き返る器

新門荘では器を割ったり、ヒビを発見したら報告書と共に私のデスクに現物を置いておくルールがあります。それは15年以上前に某旅館のオーナーに教えて頂いた「金継ぎ」を私がする為です。

「金継ぎ」とは陶磁器の破損部分を漆によって接着して、金で装飾して仕上げる修復方法です。茶道精神の普及もあり金継ぎに芸術的な価値が見いだされるようになった歴史もあります。

ただ、私が教えて頂いた「金継」は漆ではなく合成樹脂などを使用する一般的に普及している簡易的な方法です。

コツコツとしていた金継ですが、もう毎日のように破損の器がデスクに置かれるようなり、併せて私の時間も限られており「金継ぎ待ち」の器が段ボール3箱以上も溜まっていました…


幸いなことに、昨年末から「金継ぎ」に興味のあるスタッフが4-5名立候補してくれて、一緒にやっていくことになりました。しかし、それでも量が多すぎる!我流の金継方法ですが、もっと良い方法があるのでは?!と思っていた矢先に見つけた「金継」のワークショップ! これやぁ~!!と意気込んで出かけてまいりました。


さて、ながーい前置きでしたが、このワークショップ。実はFacebookで見つけました。数人くらいかな?と思っていたら、なんと14名も参加者が居て、定期的に開催されているワークショップだと知りました。過去には料理屋のオーナーさんや、他府県からわざわざ足を運ぶ人もいたそうです。


私が持参した器は4点。見事な破損状態。でもどの器も私が利用用途をしっかりとイメージして購入した思い入れのあるものばかりです。 大きく欠けた部分は、粘土のような合成樹脂をコネコネしてパテ代わりに接着しました。一つの器を接着している間に、その前にパテを充てていた器はほぼ完全に接着されています。その後やすりで滑らかにします。

続いて細い筆に金粉を付けてなぞっていきます。私にはこの作業が一番緊張しました。使い慣れない細い筆。金の分量の多少で、完成度が左右されるからです。


10年前に和モダンタイプの客室で、セルフコーヒー用に購入した清水焼のコーヒーカップ。取っ手がきれいに割れ落ち、もはや再生不可能かと思われていました…。高価な物なので、絶対に修復する!という強い熱意(怨念?)が入り、見事完成。

お造りからデザートまで、幅広く料理を盛れると確信し、気に入って購入した小鉢も、むしろ金を塗らなければどこが欠けたのか分からないくらい綺麗に接着できました。青い絵柄があるので、いまや金がアクセントになっています。

高山寺の鳥獣戯画の湯呑。大きくかけた破片が見当たらず、パテで穴を埋め、やすりで綺麗に丸みをつけました。他のご参加された方から絶賛を受けた金継ぎの完成品。

今年の1月から朝食内容もガラリと変わったので、もう使わないかもしれませんが、以前は朝食用の松花堂弁当箱に出汁巻を盛って入れていた中器。これも満足のいく金継ぎの仕上がりです。

2時間で4点の修復。
私はこれまで、(破損の器が多すぎるのもあり)一つの行程をまとめて行っていました。たとえば「よし、今日は接着だけするぞ」「今日はヤスリだけ」などのように。そのため、完成までかなりの日にちを要していました。(毎日金継作業に時間を割けるわけではないので)

しかし、たとえ修復する器が多すぎても、一工程をまとめてするよりも、小一時間で数点仕上げていく方が逆に効率が良いことが分かりました。また、これまで金箔をソロリソロリとかなりの時間を要して貼っていましたが、筆に金粉を付けて修復する方が早くて綺麗な仕上がりになることも分かりました。

ドキドキしながら初めて「ワークショップ」なるものに参加してみましたが、低予算でしっかり学ぶことができました。

社内では「金継ぎした器は数がどうしても足りない時に料理を盛ってほしい」としていましたが、綺麗に修復された器を見ると、簡単に棄てずに物を大事にしている精神を臆することなく、ぜひともこの器に料理を盛って!とお願いしたくなりますね。

京都府主催のセミナーに登壇

実はわたくし、先日 畏れ多くも京都府主催の「宿泊業の業務効率化を考える」というお題のセミナーに登壇しました。

20名くらいの参加者があれば十分!と本気で思っていたのに、前日に知らされたご人数は倍の40名! ご参加くださった皆様 寒い中、貴重なお時間を割いていただきました誠に有難うございました!

今回は
①「働く環境の改革」で生産性向上
②「館内の整理整頓」で生産性向上 
③「マルチタスク化」で生産性向上
とテーマを決めてスライド60枚近く作りました。

年が明けて猛スピードでこれらの資料を集めて、作成しましたが、
私がこうして偉そうに登壇できるのも、私のやり方に理解して、協力してくれるスタッフが支えてくれているおかげです。

私はいわゆる「よその釜の飯を食べたことが無い」人間です。学生時代のバイト以外で務めた経験がありません。昔はそれを指摘され、今さらどうしようもない立場に狼狽したこともありましたが、その置かれた自分の立場をバネに、スタッフの気持ちに寄り添いたいと常に自分を戒めてきました。


だから人はどういう心理で働くのか、上司の指示に従うのか、迷うのか等、時間の許す限りセミナーにも参加して、私自身の人間力の向上もさることながら基礎的な知識の増強にも積極的に取り組んできました。

旅館はひとりの能力が突出していても、成り立ちえない商売です。表も裏も問わずここで働く人たちが一丸となり、お互いが助け合うことではじめて、今宵お越しいただくお客様をお迎えする商売です。

チームが一丸となる為にも、その一人一人のパフォーマンスを引き上げておくことは私の大事な役割だと思っています。


こういう登壇の機会を頂くたびに痛感することは、いま他人に発信していることは私の経過報告であって、まだまだ道半ばであるという事。

商売である以上、利益も出さなきゃいけない。企業として存在する以上、倒産させずに継続していかねばならない。

林立する宿泊産業の中生き残っていくためには、常に「変化」「変化」の連続です。だれだって変わらずに安穏と暮らすことが幸せに感じるけど、今の時代はそうしていたらおぼれ死んでしまう。

私の中ではいつもいつも焦りと不安が交錯していて、いつもいつも現状を打開しなければ!という思いでいっぱいです。去年よりもよくしなければ、先月よりもよくしなければ…  そんなもがき苦しむ中で、スタッフが建設的な意見を出して現場を頑張ってくれる様をみると、光が見えるように嬉しさでいっぱいになります。

向上心だけは人一倍あります。自分に自信がつくまで、頑張っているワタシ!と自負心が持てるまでがんばるぞ!